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猪木信者とは何か

元気ないですよー!
 テレ朝が新日の中継を開始したのが1973年のことなので、猪木を見るようになってもう36年になる。当時は小学生だったが、プロレスに関してはとても恵まれた環境にいた。月曜夜8時に東京12チャンネルで国際プロレス、金曜はテレ朝で新日、土曜8時に全日、と週に3日もゴールデンタイムにプロレス中継があったのだから。このうち全日は「全員集合」と被っていたので、ほとんど見ることはなかった。最後まで馬場を熱心に見なかったのは、この当時の影響だろう。
 国際プロレスは独特の雰囲気に引かれてほぼ毎週見ていた。ラッシャー木村の金網戦もゴールデンタイムに放送していたのだからすごい。アニマル浜口のドロップキックは、相手をロープに飛ばすと同時に自分は反対側のロープに飛んでから放つという、テレビで見ていてもスピード感があるもので、好きな選手だった。
 新日は猪木とタイガー・ジェット・シンとの抗争。これに尽きる。本当に真剣に見ていた。来日のたびにパートナーを頻繁に替えながら、汚いことを繰り返すシンを心の底から憎悪したものだ。この抗争は新宿の路上でシンが猪木と倍賞美津子を襲撃するという事件で頂点に達し、シンの腕折りへと続く。
 テレビ中継でリアルタイムに目撃したプロレス史では、佐山タイガーのデビュー戦、「こんばんは、ラッシャー木村です」事件もインパクトがあったが、やはり猪木のシン腕折りが最も衝撃的だった。執拗にシンの右腕を狙い、ブラブラになったシンの右腕を場外で赤い鉄柱に何度も叩きつける猪木。「腕が折れている。これは完全に折れている」と絶叫するアナウンサー(古舘の前)。あのシーンは自分のプロレス観の原点となる風景だ。この時期には国際のエース、ストロング小林との日本人対決もあり、今から思うと、煽りの割に大した内容ではなかったのだが、息を詰めて生中継を見たものだ。
 猪木への熱が冷め始めたのはアリ戦から。小学生当時、モハメド・アリというボクサーの物語など当然ながら知らなかったので、あの試合の意味すら理解できなかった。また、この時期に空手を習うようになったので、プロレスへの疑念も大きくなった。
 ウィリー・ウィリアムスが、絶対本命と言われた極真の世界選手権で三瓶啓二にプロレスまがいのわざとらしい反則負けを喫して猪木戦へ臨んだ段階で、プロレスのギミックに完全に気づいた。
 以後、プロレスをほとんど見なくなったのは、ギミックに気づいたというのが最大の原因だが、猪木を中心にプロレス全体がストーリー性を帯びてきたというのも理由の一つだ。ストーリーを追うのが面倒になったのだ。
 今のプロレスはストーリーが複雑すぎて、老化した頭には覚えられない。WWEが最たるものだ。あれなんか、マクマホン会長が袋叩きになるところしか見るところがない。凝りすぎだ。
 だが、今でも猪木だけは治外法権だと思う。猪木なら何をしても許せる。猪木信者とはよく言ったものだ。


        

テーマ : プロレス - ジャンル : スポーツ

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