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石毛

 当時は予備校に通う浪人生だった。夜、いつものようにマンションの入り口で友人たちとツバをぺっぺっと吐きながらバイクに寄りかかってタバコを吸っていると、石毛宏典がバットを持ってマンションから現れた。「おお!本物だ!」友人が驚いた声を出した。頭の悪そうな練馬のあんちゃんたちの横を素早く通り抜けて、石毛は真っ暗な路地で素振りを始めた。
 詳しくは覚えていないのだが、当時、石毛は短い結婚生活を終わらせて独身に戻り、一時的にマンション暮らしをしていた。それがうちの家族が住んでいたマンションだったのである。我が家が5階で石毛が4階。プロとして、石毛が全盛期を迎えようとしていたころのことだ。
 予備校の授業が終わって喫茶店でバイトして、夜10時過ぎにマンションに帰ると、決まって石毛が真っ暗な路地で素振りをしていた。
 おやじとなった今なら図々しく話しかけていただろうが、当時は10代の世間知らず。ライオンズのスター選手と顔見知りになる絶好のチャンスなのに、毎晩、素振りをする石毛の横を黙って通り抜けるだけだった。横を通るとき、石毛の素振りで周囲の空気がわんわんと揺れるのを感じた。
 プロのスイングはやはりすごいものだ。
 サヨナラヒットを打った翌日も、暗い路地で石毛は黙々と素振りをしていた。どうしても我慢できなくなってサインをもらったのがこの晩だ。
 蛍光ペンを差し出してバインダーの裏表紙にサインをしてくれ、と頼むさえない浪人生に、石毛は「えっ、ここにサインすんの?」と少しムッとした表情をしながらも、さらさらとサインをしてくれた。あのときは天下のスター選手に対して失礼なことをしたなあ、と今でもときどき後悔する。今度、石毛に会ったら謝ろうと思う。たぶん会わないけど。
 石毛は1年もしないうちにどこかへ引っ越していった。
 犬の散歩はヒマな浪人生の大切な仕事だった。
 ある日、いつものように公園で犬をブラブラさせていると、ベンチに腰掛けている女性の足元にうちのバカ犬がじゃれついた。慌ててバカ犬を離そうとしたとき、その女性が「かわいい犬ですね」と言った。当時、人気絶頂アイドルの渡辺満理奈だった。なにかの撮影の合間の休憩だったのだろう。
「かわいい」。渡辺満里奈はもう1度言って、うちのバカ犬の頭をなでて、髪ぼさぼさのさえない浪人生ににっこりと微笑んだ。
 以来、石毛宏典と渡辺満里奈には勝手な思い入れがあるというわけだ。

石毛に会ったら謝ろっと

        

テーマ : 北海道日本ハムファイターズ - ジャンル : スポーツ

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