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石川知裕と三井浩二

 田舎のいいところは人が少ないことだ。
 我が子供たちが通う小学校は1学年1クラス。クラスの人数は20人前後だ。男の子はほぼ半数の10人。だいたい全員が学童野球に入ってくる。彼らは保育園から中学校までずっといっしょである。赤ん坊のときに保育園でいっしょになり、そのまま隣にある小学校へ上がる。中学校はそのまた隣。同じメンバーで学校へ通い、教室で過ごし、放課後は校庭で野球をするという日々が10年近く続く。こうした絆は周囲には計り知れない深さになるだろう。
 子供同士は兄弟と同じ関係だ。親同士も全員が顔見知りで、それぞれの子供を生まれたときから知っている。非行もいじめも起きにくい。安上がりの一貫教育。もちろん、都会にはないこうした濃密な関係はいいことばかりではないのだが。
 昨夜、逮捕された石川知裕と元西武ライオンズの三井浩二は、足寄という小さな田舎町で小学校と中学校を共に過ごした同級生だ。田舎町の同じ歳の2人が同時に世へ出るというのは奇跡的なことである。
 2人は小学生のときからいっしょに野球をやっていたようである。北海道の小さな小学校でじゃれあいながら無邪気に一途に野球をしていた2人の少年がたどったその後の運命は数奇なものだ。
 三井は高校まで足寄に留まり、ノンプロから西武ライオンズに入団した。コントロールのいいサウスポーとして、先発、中継ぎに重用されて、‘02年と‘03年には連続して2ケタ勝利をマークしている。足寄の野球少年は、一流のプロ野球選手になったのである。
 一方の石川は足寄中学を卒業後、町を捨てて進学校である函館ラ・サールへ進み、早稲田大学に入学した。のんびりした十勝としてはかなりの秀才だ。早稲田を卒業後、小沢一郎の秘書を務め、‘05年から政界進出。このときの石川はまだ32歳であり、どれだけ本人の意思が働いたのかはわからない。
‘07年に比例代表の繰り上げ当選で衆議院議員になり、去年の総選挙では十勝の盟主・中川一族を真っ向勝負で破り、堂々の再選を果たした。もう1人の足寄の野球少年は将来を嘱望される青年代議士になったのだ。
 だが、このときに石川の行く道は決まってしまったのかも知れない。
 いかにうまくウソをつけるか、というのは芸能人にとって必要不可欠な資質だ。だが、テレビを見ていると、話しながら耳が真っ赤になっているタレントがいる。耳が赤くなるというのは「私はウソをついている」という最もわかりやすいサインだ。例えば、南海キャンディーズの山ちゃんは、ドッキリ番組でだまされ役を演じるとき、いつも耳が赤くなっている。
 今回の件で、石川はかなり早い段階から耳を赤くして釈明していた。ウソをつけない性格なのだろう。政治家には向いていないように思う。
 今から20数年前、足寄小学校のグラウンドで日暮れまで野球に打ち込んでいた2人の野球少年は、そろって故郷を飛び出して、人生の山の頂まで一気に駆け登った。そして今、肩を並べて、暗くて深い谷底をのぞきこんでいる。
 三井は、昨年10月に西武から戦力外通告され、暮れのトライアウトを受けたようだが、以後の消息は不明である。
 石川は道具として利用された挙句、都会の冷たい留置場へ入ることになった。

夏のグラウンド

        

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