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食の安心・安全とは

 帯広市郊外で農業を営むIさんは農業一筋60年、現役の百姓である。秋の夜長に酒を酌み交わしながら、大先輩のお話を拝聴した。夜は更け、焼酎のボトルが空になり、かなり酔った大先輩は、昭和天皇からもらったという恩賜の煙草を勧めてきた。吸ってみるとそれはひたすらにいがらっぽい味がした。長年の農作業で大先輩の指はごつごつに節くれ立ち変形している。そんな大先輩の手に見とれながら話を聞き続けた。
 話題は最近の「食」について。

 僕はね、消費者に不満がある。無農薬だ、環境保全だ、安心で安全な農業だ、なんて要求しておきながら、反対のことをしている。形が悪いとか艶がいいとか、見栄えで野菜を買う。無農薬の野菜に虫がついていたら大騒ぎする。それなのに俺たち百姓には無農薬の野菜を作れなんて言う。どうすりゃいいのかわかんないよ。もちろん俺たちだってね、無農薬がいいのはわかっている。昔はそうやっていたんだしね。でもね、今のような大量生産方式の農業を望んだのは消費者なんだよ。消費者は安くて形のいい野菜しか買ってくれないんだからさ。望んだのは消費者だ。消費者が今の俺たちを作ったんだよ。そうじゃなきゃ、俺たちは無農薬でやりたかったんだよ。やってたんだよ、今まではずっと。今までやっていたことを変えさせたのは消費者なんだ。農業というのはね、永々と続けていくものなんだ。それが農業だ。なのに今は、どんどん農薬使って収量上げてひたすら利潤を追求して畑が荒れたって一代限りでいいや、なんて考えの農家もいる。そういう百姓を生んだのは消費者なんだよ。
 俺たちも生活していかなきゃならないからね。今のアメリカ式農法が悪いことなんて、俺たち百姓はみんなわかっている。農薬は体に悪い。絶対に悪い。畑も荒れる。ひどいものだよ。なんとかしなくちゃ、と思っているよ。昔ながらの農法、消費したものを土に返す、それが一番なんだから。でもね、そうすると収量がぐんと落ちる。見栄えの悪い、虫食った野菜になってしまう。収量が少なければ値段も高くしなけりゃならない。高くて見栄えの悪い野菜なんて誰も買ってくれないよ。そうしたら俺たちは生活できなくなるじゃない。子供を学校にやれないよ。生活を保障してくれるならいいよ。それならすぐに無農薬にする。でもね、消費者は面倒みてくれないでしょ。要求ばっかりしてね。無理だよ。生活できない。そういうこと、町の人にわかってほしいよ。


        

テーマ : ナチュラルスタイル - ジャンル : ライフ

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