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百姓夜話

ビート

 
帯広市郊外で農業を営むIさんは農業一筋60年という筋金が入った百姓だ。約50ヘクタールの畑を所有し、ジャガイモ、小麦、ナガイモ、砂糖原料のビート、大豆、小豆などを栽培している。アメリカ式の機械化された大規模経営という典型的な十勝の畑作農家だ。
 晩秋の夜、一杯やりながら大先輩の話を聞いた。

 馬はどこの家にもいたな。うちには2頭いた。多いところで3頭かな。馬によって特徴があるから、どこの家の馬かは顔見ればわかった。馬車は鉄輪でね、独特の音がした。これも馬車ごとに音が違っていて家の中にいてもどの家の馬車が通ったか、すぐにわかった。ここから帯広の町までは20kmくらい。歩いて行く人も珍しくなかったよ。50kgのプラウを担いで町の鍛冶屋まで持っていった奴もいた。
 トラクターを買ったのは昭和40年頃だったかな。1町歩に1馬力っていうのが、当時の国の方針だった。当時、うちは土地が17町歩だったから17馬力のトラクターを入れたけど、故障したりぬかったりで、時間的には馬で作業するのと大して変わらなかった。でも、トラクターはエサをやらなくてもいいし、休ませなくていいからね。まあ、馬で作業する部分がトラクターに替わっただけだから、手作業の部分は今も昔もあまり変わらない。トラクターは当時で利子も入れて100万くらいしたから高い買い物だった。馬からトラクターに切り替わったこの時期に農業を辞めて町に出る人が多かったな。この部落も40戸の農家があったんだけど今は半分だよ。
 昔はほとんど豆(大豆、小豆、手亡・金時などのインゲン類)を作っていた。豆は景気がよかったよ。小豆なんかは「赤いダイヤモンド」だからね。やっぱり十勝といえば豆だ。機械が入って楽になったのは豆刈り。10月だな。あれはきつい仕事だった。小学生のときは夜中の2時に起こされてを手伝わされた。いやだったなあ。
 冬は家の中でじっとしていた。雪に閉じ込められて動きようがなかったからね。薪を割ったり、馬にエサをやったり、それぐらい。なんもしなかったなあ。テレビも雑誌もないから余計な情報も入ってこないしね。じっとしているだけ。金はなかったけど、そんな調子で使わないんだから必要なかった。今は便利になった分、お金がいるようになったね。金が必要だから、昔よりよけいに働かなくっちゃならない。なんだか馬鹿みたいだよ。
 僕は84歳になったのかな。隠居するつもりはないなあ。体が動く限りは畑に出る。さっさと隠居しちゃう人もいるけど、僕はそういう気になれない。じっとしていられない。なんなんだろうね、これは。



        

テーマ : ナチュラルスタイル - ジャンル : ライフ

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